【成功へのステップ】ゴリオ爺さん/バルザック③

 パート2に引き続き、バルザックの小説『ゴリオ爺さん』の感想を書いていく。パート2では、各メイン登場人物のギブ&テイクに対するスタンスの違いについて書いた。

 

 二つ目のトピックは、r>gの関係についてである。r>gとは、経済学者トマ・ピケティが著作『21世紀の資本』で主張した理論であり、資産運用により得られる収益(r)は労働により得られる収益(g)より大きいため、格差は拡大し続けるということを主張した。彼の理論は膨大なデータに基づいており、また肌感としても事実なのだろう。アメリカでは、2018年時点では最も裕福な10%が家計資産の70%を保有しているという。1989年時点では割合は60%であり、富の集中が進んでいることがわかる。

 本作『ゴリオ爺さん』は、『21世紀の資本』に引用されたことで話題となった。引用されたのは、「ヴォートランのお説教」と呼ばれる箇所、ヴィクトリーヌとの結婚によって遺産相続をすべきだとラスティニャックに力説するシーンである。たとえエリート街道を進めたとしても、勤め人としての収入(g)はたかが知れているのだから、法を犯してでも遺産を相続(r)する方が良いというヴォートランの意見は、ピケティの主張と一致する。r>gの法則は時代に関わらないのだ。

 しかし、rの側に立てるのはごく一握りに過ぎない。私たち一般庶民はこの法則から逃れることはできないのだろうか?金持ちの家に生まれなかった時点で希望はないのか?なけなしのボーナスを株式投資に投じ、金持ちになれる日を待ちわびるのが良いのだろうか。しかしグローバルな投資家の連中に勝つためには、数百万といった単位の元手では到底足りないだろう。それに、確実に資産を増やせるという保証はどこにもない。

 

 実は裏をかく方法がある。既存の競争に参加しなければよいのである。元手となる資本とはお金や土地などに限られない。資本とは、無限に自己増殖するものである。例えば飲み会で友達が友達を呼び交友関係が増えていくということや、本を読み、疑問を解決したところ、新たな疑問が思い浮かび知識が深まっていくというサイクルも存在する。そこでは、人脈や知識が資本として機能している。元手は、考え方を変えれば、既に手元にあるものなのだ。どんな小さなことでもいいので、過去を振り返ってみると何かヒントが見つかると思う。私たちは周りの人々から施しを受けて成長してこれたのだから。

 

 もう一つ必要となるのは、自己増殖のループを回すための動力源である。元手を育て続けられるかがポイントになるが、何かを継続することは難しい。例えば毎朝ランニングをしようと決めても、昨日は飲み会で帰りが遅かったとか、今日は天気が雨だからとか、何かと理由をつけてやらなくなってしまうことが目に浮かぶ。モチベーションが続かなくなった理由は、単純に「本当はやりたいと思っていないから」である。ランニングを始めるきっかけは、痩せて異性に良く思われたい、健康になりたいといったことだろう。別にランニング自体はやりたいことではないので、言い訳ができると自然と辞めてしまうのだ。だから、何かのためにすることではなくて、つい癖のようにやってしまうことに着目するのが良いと思う。自分にとって自然なことが、一番無理なく続けることができる。

 

 実はこの自分なりの資産を築くためのサイクルは、他者志向型ギバーとの行いと一致しているのだ。①自分が今持っているもの(周囲から与えてもらったもの)に感謝し、②自然とやってしまうこと(素直な気持ちでやりたいこと)をアウトプットして社会に還元することで、③自分なりの財産を手に入れることができるし、周囲もハッピーになる。それをラスティニャックは実行できており、結果として出世街道を登りつめることができたのだろう。

 

 成功するためのヒントを考えるきっかけとなり、良い学びとなった。登場人物のキャラが立っており、登場人物たちの掛け合いが面白い。ぜひ読んでみてください。